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2012年10月30日

裁判における因果関係

公害環境問題の裁判で、昔も今も、相変わらず難しいのは「因果関係」の主張立証です。

原告はたいてい、素人の住民で、科学的な専門知識もなければ、専門家に調査や意見を依頼するためのお金もありません。運よく、義を感じてボランティアで協力してくださる専門家に巡り合えたとしても、専門家といえど調査に高額な機器や多額の実費を要する場合もありますし、また、そもそも、調査や事実解明に必要な資料や情報を加害者が秘匿、隠滅してしまうことはしばしばです。

因果関係についての主張立証責任は原告にあるとされていますが、このような裁判の実情のもとで、被害者である原告に、因果関係について高度に科学的専門的な主張立証を求めることは、事実上、被害救済を拒否するに等しいといえます。

 

そこで判例は、裁判(特に科学的専門的な裁判)における因果関係の主張立証の程度を実情に合わせたものに解釈してきました。

リーディングケースとされる最高裁判例(昭和50年10月24日)は、医療過誤に関するものですが、次のように言っています。

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

 

これ以前にも、四大公害裁判の時代、深刻な被害の救済を求められた下級審の裁判官たちは、さまざまに工夫を凝らして、被害者救済のための因果関係論を展開しました。

新潟県の阿賀野川に昭和電工鹿瀬工場(アセトアルデヒド製造)が垂れ流したメチル水銀化合物による新潟水俣病の事件で、新潟地裁判決(昭和46年9月29日)は、被害疾患の原因物質がほぼ特定され、その被害者への到達経路もほぼ説明でき、「汚染源の追及がいわば企業の門前にまで到達した場合、むしろ企業側において、自己の工場が汚染源になり得ない所以を証明しない限り、その存在を事実上推認され、その結果すべての法的因果関係が立証されたものと解すべきである。」と判示しました。これは「門前到達論」と呼ばれ、民事訴訟法学で間接反証といわれるものの応用といわれています。

岐阜県の神通川上流で鉛や亜鉛の採掘、精錬を行っていた神岡鉱業所がカドミウム等の重金属を含む廃水を垂れ流し、下流域にイタイイタイ病を発生させた事件で、1審の富山地裁判決(昭和46年6月30日)も2審の名古屋高裁金沢支部判決(昭和47年8月9日判決)も、疫学的見地から因果関係を判断する疫学的因果関係論を採用しました。その後、公害病裁判では疫学的因果関係論が定着していきます。

 

過失については、無過失賠償責任が、鉱業法(109条)をはじめ、大気汚染防止法(25条)、水質汚濁防止法(19条)にも規定され、被害救済が進みました。

しかし、因果関係は、その性質上、被害救済の決め手になるような立法措置は難しいようです。

公害環境問題を大きくみれば、裁判による事後的救済も必要ですが、先ずは、公害や環境汚染の未然防止、すなわち、予防原則の確立、徹底がより実効的だと思います。


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