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2016年3月31日

原発裁判は技術論でなくリスク論

東北大震災から5年を迎える3月9日、大津地方裁判所で関電高浜原発3,4号機の再稼働を差し止める仮処分決定が出されました。福島第1原発事故の後、裁判所が原発禁止の判断を示したのはこれで3件目になります。事故前はわずか2件でした。

弁護団の中心は、井戸謙一弁護士。もと裁判官で、2006年に金沢地裁で北陸電力志賀原発2号機の差止判決を書かれましたが、福島事故前に退官されていました。学究肌の、とっても真面目で穏やかな、良い方です。

 

今回も、マスコミや財界のバッシングが酷かったですね。関西電力は早速、値下げ撤回を打ち出して報復し、17日の関経連記者会見で阪急電鉄会長の角氏は「一地裁の裁判官によって」「こういうことができないよう、速やかな法改正をのぞむ」と仰ったそうです。一角(ひとかど)の経営者なら、もう少し裁判や司法について、勉強していただきたいものです。

 

「裁判官に技術論が判るのか!?」という論調も多かったですね。素人受けする、もっともらしい批判です。

しかし、裁判所が判断したのは、技術論ではなく、リスク論なのです。

 

大津地裁決定では、次のように言っています。

 

当裁判所は、原子力規制委員会での議論を再現したり、同委員会に代わって判断しようというのではない。

福島第1原発事故を踏まえて強化された新規制基準の制定過程における重要な議論や改善点、高浜原発の審査において問題とされた点、それに対する関電の対応について、関電側で、事実や資料を示して高浜原発の安全性を主張立証する責任がある。

そして、裁判所に示された関電の説明や資料を見ても、新規制基準が求める安全性に十分に応えたとは思えない、と判断したのです。

 

およそ現代文明の機器は、何らかのリスクを内在しており、現代社会は、リスクが発生する確率と被害の大きさを比較衡量しながら、営まれているわけです。

リスク発生の確率を予測するのは技術論かもしれませんが、被害の大きさと比較衡量するのは、社会全体が考えるべきことです。被害を受けるのは、社会だからです。

民主主義社会である以上、一部の専門家や技術者に任せるべきでも、政治家や大企業経営者に決めてもらうべきでもありません。

 

福島第1原発事故の後に、国民的議論が為されるはずでしたよね。

今、原発裁判が提起された全国の裁判所でなされている議論は、その断片ともいえます。

 

赤ん坊のころから専門家、なんて人はいません。素人に理解できない説明しかできない専門家は、ホンモノではないと思います。

勇気を持ってエネルギーのことを勉強し、この国の未来をみんなで議論できるようになりたいですね。


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