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2020年5月12日

『感染症の世界史』を読んで、SDGsとアフターコロナを考える

 

このコロナ「危機」は半端じゃない・・と恐くなってきました。

こういうときは、先ず、歴史に学ぼう・・と思って、選んだのがこの本です。この御時勢なので、電子読書にも初挑戦してみました。

「感染症の世界史」石弘之著(角川ソフィア文庫)

選んだ理由は、著者が石弘之氏だったからです。私が公害環境弁護士を志して司法試験に合格した翌年の1988年、岩波新書から「地球環境報告」を出され、当時まだ認識が薄かった地球環境危機について、日本社会に警鐘を鳴らされました。

この本は2014年11月出版なので、今回の新型コロナのことは書かれていません。でも、感染症が人類社会に与える影響について考えるには、とても有益な本だと思います。

 

まえがきのタイトルは、「幸運な先祖」の子孫たち・・不気味です。

人類は文明社会の黎明期から延々と、目に見えない微生物(ウイルス、細菌)との死闘を繰り広げてきました。もちろん、微生物には乳酸菌など有用なものや、人間の体内で共存しているものもあります。この本で紹介される事例で少しだけ気が和むのは「猫とトキソプラズマ原虫」(詳細は本を買って読んでくださいね)ぐらいです。あとはほとんど、知らないって恐ろしい! と、脇が甘い自らの日常生活を振り返ってゾッとするようなことばかりです。私にまで命を繋いでくれた、私の「幸運な御先祖様たち」に、心の底から深~い感謝の念が湧いてきました。

 

この本を読んで私が学んだことは、

『感染症災禍は歴史の時計を早回しする』ということでした。

アステカ文明を滅亡させたのは、コルテスらスペイン人とされていますが、真犯人は、スペイン人にくっ付いてきた天然痘ウイルスでした。

中世ヨーロッパの封建社会で人々の思想を絶対的に支配していたキリスト教。その権威を崩壊させ、ルネッサンスが勃興して近代への移行が早まったのは、ペストの大流行が大きな要因と言われています。

日本でも、幕末の尊王攘夷の原動力は、イギリス人など外国人が持ち込んだコレラの排斥でした。

こんなこと、学校で習った歴史の教科書には、書いてなかったですよね。

 

今回の新型コロナパンデミックも間違いなく、歴史的パラダイムシフトを引き起こすと言われています。

 

新型コロナが私たちに突き付けたことは、もうずっと前から「これで良いのかな?何か間違っているような・・」と感じていたことが多いですよね。

 

地方に旅行すると、地元の中高生や高齢者の足として欠かせないローカル線が、朝夕以外は1時間に1本しか走ってないのに、東京大阪間では、時速200キロで走る新幹線が10分おきに発車していく・・これ、酷いですよね?

共働き夫婦の家事育児も、「在宅勤務」で夫は「勤務」できますが、妻には家事と子供の相手の負担が重く圧し掛かります。

日本には国民健康保険がありますが、米国にはそれが無く、発展途上国はそもそも医療体制が貧弱で、誰でも同じはずの感染リスクが、実際には、貧しい人たちには生命の危険になっています。

以前に買い置きして使い残していた「マスク」の箱(もちろん中国製50枚入り)に付いていた値札は「398円」(1枚約8円)。もうこういう時代は戻らないのでしょうね。

 

そう、これらの問題はすべて新型コロナ以前から判っていたことだし、すでに世界はSDGsを設定して解決しなきゃと考えていた問題なのです。

 

実は、SDGsを決めなければならなかった理由も、近年の感染症の頻発も、根っこは同じ、人類社会による地球環境の破壊に在ります。30年以上も前に「地球環境報告」を書いた石弘之氏が、「感染症の世界史」を書いたのも、偶然ではありません。感染症の頻発や拡大が何故に地球環境問題なのか、それはこの本を買って、読んで勉強してくださいね。

 

では、SDGsを御札のように掲げれば、新型コロナの退治や感染症パンデミックの克服ができるのか? 問題はそう簡単ではありません。

御存知のように、強権的な政権が強力な人権制限手法で新型コロナ抑圧に成功したと宣伝しています。確かに、感染症の拡大阻止には、強権的な人権無視のやり方が手っ取り早い特効薬になります。でも、ポストコロナ、アフターコロナ、の新しい人類社会がそんな、映画「マトリックス」のような世界になって、良いですか?

私にはそれは、人類社会の「進歩」とは思えません。「進歩」と言えないってことは、人類が新型コロナに「勝利」したとも言えないと思います。

 

今、人類社会は100年に一度のパラダイムシフトに直面しています。目の前には二つの道が見えています。どちらもIT社会です。二つの道の違いは、そのITを、だれが何のために使うのか、に在ります。一方的に(権力者が国民に)使われるのなら、それは「監視」、双方向的に使うのなら、それは「情報共有」、になります。これはNHK番組で、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が言っていたことです。今はちょうど、二つの道の分岐点、二つの方向性のせめぎ合いだと感じています。

人類がSDGsの実現を目指す方向とやり方で、新型コロナパンデミックを克服した後の、ポストコロナ、アフターコロナの新しい社会は、より高いレベルの自由と民主主義がITによって実現される社会、だと想像しています。

日々、感染予防に気を遣いながら、私たち一人一人のひとつひとつの行動が、次の時代の在り方を決めることになります。

 

最後に、誰も言わないけど、私の目下の疑問は、ポストコロナ、アフターコロナの社会に、「リニア」は要るのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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